2022年11月27日日曜日

ウィシュマ・サンダマリの死(1)——何がおこっていたか

はじめに


 2021年3月6日、ウィシュマ・サンダマリさんが入管の収容施設の中で亡くなった。当初は、法改正の審議中ということもあり、細かな情報を確認するという作業は出来なかった。2022年には、ウィシュマさんの死亡について言及した本が出されている。そうした本を読んだ。他方で、ネット上では、入管の責任をうやむやにするばかりか、ウィシュマさんの責任を問う声もあるばかりか、誤りも多い。そこで、ウィシュマさんの事件について、まとめて記しておこうと思う。

 参考にした記録は、入管が出している報告書である。それ以外に、支援団体の面会記録や仮放免の保証人となった人への手紙などが残されている。それらはここでは参照していない。ウィシュマさんの死については、ジャーナリズムによる取材が残っている。際立つのは、望月衣塑子、志葉玲、安田菜津紀たちの仕事である。毎日新聞も熱心に取材しており、その記録が本として残されている。もちろん、弁護士や野党議員の追及も、多くの情報を開示している。

 ここでは、公平性という観点よりはむしろ、資料が膨大になるので、報告書に限定して論じたい。入管庁の報告書は、無料であり、国民へ開示された資料でもあるので、そこを起点にすることもそれなりに理にかなっていると思われる。特別な取材がなくとも、事実に迫れるということを示すこともできるかもしれない。もっとも、新しい事実を提示するものでも、新たな問題提起を含むものでもない。結論も特別なものではない。ただ、退去強制の手続きにおける問題という点には焦点をあてたいと思う。

 言い訳がましいことを最初に述べておくと、最終報告のすべてをくまなく読んだとも言い難い。むしろつまみ食い的に読んだ。その点で、さらに修正することもあるかもしれない。それと、半分はメモ代わりに書いているので、引用だらけになっている。

 まずは、ウィシュマさんの経緯をたどっておくのがよいだろう。2017年6月29日、ウィシュマさんは日本に入国した。語学学校への留学のためである。その後、同棲が始まる。しかし、学校へ行くことが減り、最終的には在留資格を失う。2020年8月19日、警察へ出頭し、翌20日 名古屋入管へ移送されている。亡くなったのは、翌年の3月6日である。

 以下では、違反調査・違反審査の問題をまずは取り上げる。その次に、少し話がずれるかもしれないが、支援者との出会いについても考えてみたい。その上で、再び、名古屋入管、とくに入国審査官と入国警備官の誤りについて、確認していく。


1. 入管の最初の把握

—違反調査・違反審査は充分であったか—


 ウィシュマさんは、2020年8月に入管に収容された。そこで、入国警備官と入国審査官による調査・審査が行われている。

 この当否を考えるには、前提となるルールを確認しておく必要がある。基本的な制度については説明をしないが、ウィシュマさんのケースを考えるには、DVに関するルールを確認しておくことが必要である。最終報告が明示しているように、日本の入管法制において、DVへの対処が明示されている。DV防止法の制定に基づくものとして、DV事案に係る措置要領が策定されている。まず、基本事項として、DV被害者については、本省への報告を求めている。その上で、退去強制に関して次のようなルールを設けている。


”1 違反事件の処理 退去強制事由該当容疑者(以下「容疑者」という。)がDV被害者であると判明した場合は,違反調査,違反審査,口頭審理等,所定の手続を速やかに進め,当該容疑者が本邦での在留を希望するなどして異議申出を行った場合は,本省に請訓する。

2 身柄の措置 DV被害者である容疑者に対して退去強制手続を進める場合は,当該容疑者が逃亡又は証拠の隠滅を図るおそれが ある等,仮放免することが適当でないとき,又はその他の理由で仮放免により難い場合を除き,仮放免(即日仮放免を含 む。)した上で所定の手続を進めるものとする。なお,仮放免する場合は,必要に応じ,婦人相談所に対して身体の一時保護等について協力を求めるものとする。”


 退去強制の手続き時だけではなく、収容中についても規定されている。


”3 収容中の容疑者がDV被害者であることが判明した場合の措置

(1) 収容令書により収容されている容疑者がDV被害者で あることが判明した場合は、仮放免を許可した、第5の 1に準じ事後の手続をすみやかに進める。

(2) 退去強制令書が発付された者がDV被害者であることが判明した場合は、DV被害の内容等を第3の1の(4)の報告とは別に、速やかに本省に報告する”


 以上がDVに関する入管の現在のルールである。簡単にまとめるならば、とにかく聞き取りをしっかり行え、そして場合によっては仮放免を出せ、ということである。こうした制度は、必ずしも十分であるとは思わないが、それでもルールとして存在していた。入管職員の対応はこれにかなっていたものだろうか。

 8月20日、ウィシュマさんは、警察から、名古屋局に引き渡されている。まずは入国警備官の対応をみていこう。


”A氏は、出頭の経緯について、同日の違反調査における入国警備官による取調べにおいて、「8月19日、恋人に家を追い出されて、ほかに帰るところも仕事もなかったので、スリランカに帰国したいと警察に出頭したところ、不法残留しているので逮捕された。」旨供述した[報告書 p. 23]”。


 ポイントは「恋人に家を追い出され」たという点である。明確ではないといえ、DVの可能性があったことを認知できた可能性もなくはない。DVの可能性を視野に入れていれば、それに関する質問もできたかもしれない。質問は、形式的で順序だったものだと考えられる。そこには、DVに関する質問項目はなかったようである。

 なお、手続きは、入国警備官から審査官へと手続きが移る。そして、退去強制令が早くも21日に出ている。

 そしてこの審査においても、DVの示唆は存在していた。数少ない違反審査に関する言及の中で、次の記録は注目すべきであろう"。A氏は、同月21日、入国審査官による違反審査において、「恋人とけんかして家を追い出され,住む場所がない。日本では仕事もできないので、このままでは生活できない。そのためスリランカに帰国したい。」旨を述べた[報告書 p. 61]" 。

 「家を追い出された」ことについて、ここでも審査官もほとんど関心をもたなかったのであろう。必要な聞き取りをほとんどしていない。

 しかし、ウィシュマさんがDVの経験をもっていたことは、入国警備官の証言として残っている。退去強制の発布がなされた21日のことである。”A氏は、同日に発付された退去強制令書の執行を受けた際、入国警備官に対し、「B氏と同居していたとき,殴られたり蹴られたりしていた。」「B氏から無理やり中絶させられた。」「B氏から暴力を受けていたので,一刻も早く帰りたい。」旨を述べた"[報告書 p. 62]。ここでははっきりと「無理やり中絶」「殴られたり蹴られたり」「暴力」といったキーワードが出ている。事実がこうであれば、警備官は、そのことを審査官にフィードバックすべきではなかっただろうか。であれば、入国審査官は、事実を把握し、異議申し立ての可能性をウィシュマさんに提示することもできたであろう。

 こうしたDVの示唆はあったが、入管の無関心は、終始続いたようである。そのことは、元恋人について論じる際に書かれている聞き取りに表れている。


”調査チームが名古屋局職員らから聴取したところ、職員らは、そもそも措置要領の存在や内容を認識しておらず、A氏とB氏との関係等についても ○ A氏が述べるB氏からの暴力については、殺されそうになったなどの深刻なものではなく、痴話げんか程度の認識であったこと○ A氏がB氏からの暴力被害を受けたことがあったとしても、既にB氏から離れている状態であったため、新たに被害を受けることはないと思ったこと ○ 手紙①には脅しともとれる内容が書かれていたが、その後B氏がA氏に送った手紙②には、今はもう怒ってない旨書かれていたことなどと述べた"。


 以上のように、ウィシュマさんがDVを含意するキーワードを出したことにも関わらず、職員は一切の対応を見せていない。ウィシュマさんは「帰国したい」旨、職員に伝えていた。こうした理由からか、職員が事実の確認をおこたった。そしてウィシュマさんは、可能な選択を恣意的に奪われ、おそらくは異議申し立てをすることもなく、退去強制令を受けることになったのである。しかし、ここでの入管職員の態度は、後に論じるように、終始継続していく。先取すれば、そのことがウィシュマさんの死へとつながっていく。


2. 支援者の面会

―帰国の意思の発露―


 ここで支援者がウィシュマさんとどう関わり始めたのかをみておきたい。ウィシュマさんの死を支援者が招いたかの議論が存在しているが、明らかな間違いである。ひょっとしたら、そのことを共有している人も少なくないかもしれないので論じておきたい。

 12月9日。支援者の最初の面会である。これが支援者が初めて、ウィシュマさんに出会った場面でもある。職員が面会の記録を残している。まずは、ウィシュマさんの基本状況が聞き取りされたようである。箇条書きで記録されている。以下、記録から引用する。”・留学生として来日した。・来日してから同国人男性と出会い、恋人関係になった。・その恋人から暴力を受けた。・その恋人は警察にいたが、今は入管にいると思う。・その恋人から「殺す。」と書かれた手紙が届いた。・私は自分で警察に行った。 ・帰国したいが,家族との連絡は途絶えているので,帰国したらお寺に行きたいと考えている。・私を助けてくれる人は誰もいない”。ここではウィシュマさんが「殺す」と言われていること、「帰国したら寺に行く」等が語られていて、助けを求めていることがわかる。

 1週間後、12月16日に二度目の面会が行われた。この日、ウィシュマさんに対して、支援者が支援を申し出る。その旨、面会記録には次のように記されている。”A氏が「日本は良い国で、とても好きになった。本当は日本で生活したいけど、頼る人もなく、仕方がないからスリランカに帰ります。」といった内容の発言をしたことに対し、「日本で生活したいなら支援するので仮放免申請等を行ってはどうか。」と助言し,A氏は帰国について少し考え直す趣旨の返答をした”。

 ここで、「仕方がないからスリランカに帰ります」という言葉があるように、ウィシュマさんは可能であるのならば、在留したいという意思をもっていたことが読み取れる。それに対して支援者は、支援を提示した。ネット上に存在するウィシュマさんを「説得した」という議論は、端的に誤りである。文字通り、支援者が行ったのは支援である。また、「日本で生活したいなら支援する」と述べているように、支援者の支援の提供の申し出は、「日本で生活をしたい」という本人の意思が前提である。

 ウィシュマさんがどう考えたのか、そのプロセスは分からないが、二度目の面会の翌日に、ウィシュマさんは残留の意思を示している。報告書の56頁には、次のように書かれている。”……A氏は、S1氏らとの面会の翌日である同月17日、看守勤務者に対し、引き続き本邦に在留することを希望する旨の発言をした。これを受け、名古屋局においては、A氏が在留希望に転じたものと認識した”[報告書 p. 56]。面会の翌日ということから考えれば、決意は早かったようである。30分しかない二度の面会で決めたわけである。おそらく、ウィシュマさんはその可能性を模索していたのであろう。

 この転換を前に、職員の対応はどうであったか。ウィシュマさんの保護ではなく、ウィシュマさんに対する帰国の圧力を強めていったようである。彼女は、翌月、1月18日の面会で、次のように述べている。”入管は私にスリランカへ帰るよう話をしてくるが、私がスリランカに帰国してからの生活については全く考えてくれていない。嘘をつく人たちの話は信用できない。”

 ネット上では、ウィシュマさんが亡くなったことの原因を支援者に帰するような発言が散見されるが、それは無理筋であろう。ウィシュマさんは、帰国後の生活についてめどがまったくたっていない状況であった。そうした中で、支援者の働きは、重要であった。それは、入管が出来なかったが、誤謬をときほどく役割をもったのである。つまり、入管がすべき提案が支援者の言葉には含まれていたからである。

 ウィシュマさんに対する適切な対応が可能になったこの支援者との対面は、ウィシュマさんの運命を良い方向へと導かなかった。それはもちろん支援者の責ではない。次にみていくように、審査部門と、警備部門の双方の認識のためである。事態が改善するためのピースは揃わなかったのである。


3. 審査部門の誤り

—仮放免について—


 既に述べた入国審査官と警備官の当初の対応は、収容からしばらくたっても、変わることはなかった。まずは仮放免についてみていきたい。仮放免とは、収容を一時的に解くことを意味する。ウィシュマさんは、二度、仮放免申請をしている。一度目は、12月に申請がなされて、結果が出たのは、2月である。審査官はその申請を却下した。その理由は次のように記録されている。


"……○ A氏は、難民認定申請したものの在留制限を受け、かつ、在留期間更新不許可通知を受けたにもかかわらず行方をくらまして不法残留したものであり、仮放免運用方針1(2)⑥ に該当する ○ スリランカ人彼氏からの報復が怖くて帰国できないとの主張には理由がない ○ 支援者が主張している体調の悪化についても、2月5日付けの外部医療機関での診療結果によれば、重篤な疾病にかかっていると認められないなど、人道的配慮を要する理由がない……○ 仮放免を許可すれば、ますます送還困難となる ○ 支援者に煽られて仮放免を求めて執ように体調不良を訴えてきている者であるが、外部医療機関での診療の結果特段異常はなし ○ 一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国説得する必要あり"


 ここには、ウィシュマさんに対する敵対的な認識が示されている。そればかりか、支援者への敵意も見えている。「支援者に煽られて仮放免を求めて執ように体調不良を訴えてきている」という言葉には、体調不良に対する疑いが含まれている。一方で、異常はない。それゆえ、「立場を理解させ」るために収容の継続が決定されたのである。

 他方、仮放免の申請に合わせて、支援者は申し入れをおこなっている。


”同年12月18日、支援者らが処遇部門を訪れ、対応した同部門職員に対し、「A氏はDV被害者。国際的に、そんな彼女を監禁しているのは間違っている。」などと申し入れたことがあった[報告書64]。


 先に論じたように、DV被害者には、仮放免をせよというのが、入管庁の規則である。支援者はこのルールには言及していないが、DVを理由に仮放免を出すことを説こうとした。あきらかに、職員は、その点を無視した。その機会は、幾度となくあったのにもかかわらずであった。

 のちに、ウィシュマさんは二度目の仮放免を申請している。入管は二度目の仮放免の許可も躊躇した。収容を最初におこなった収容令とあわせて、ウィシュマさんは自由を奪われることになったのである。

 もっとも、調査チームの報告書は、DVの認定について消極的である。"仮に,同手続を履践していたとしても,必ずしもA氏に対する退去強制処分を見直したり,A氏につきDV被害者として退去強制手続上特別の取扱いをするべき事案とまでは言えない"[p. 92]。


 しかし、これは疑問である。調査チームはDVに関する調査をすべきであったとするのに、調査チームはどうして取扱いに関する判断まで行っているのか。調査そのものができていなければ、調査チームが判断する材料は揃っていないということであろう。おそらく、調査チームがDVを否定するのは、ウィシュマさんのケースで入管の誤りを根底から認めることを恐れてのものではないか。最終報告に関しては、DVの専門家がいないことが指摘されている。報告は不十分で、さらなる検討を要するであろう。


4. 警備部門の思い込み

—詐病について—


 仮放免審査と同様に、処遇の問題も存在する。果たして十分であったか。もちろん、医療上の措置がまったくなされていなかったわけではない。しかし、それは充分なものではなかった。それは、ウィシュマさんが亡くなるまで続く、彼女に対する軽視に基づくものであった。このことがウィシュマさんの死をより直接的にもたらすことになる。

 医療に関しては、処遇規則で規定されており、提供する仕組みになっている。この医療という点で、職員はどう対応したか。周知のとおり、処遇は入国警備官の仕事である。ここで最終報告書の記録をみたい。1月20日の面会記録に注目したい。


”A氏は「以前に比べてトイレに行く回数は増えたが、胃の中に髪の毛が入っている感じがして食欲がない。昨日と今日ナースのカウンセリングを受け、便秘や食欲不振について相談をしたところ、ナースからは、お腹をマッサージしたり軽い運動をし、少しずつご飯を食べて白湯を飲むようアドバイスをされた。」旨述べた”。 


 ポイントは、1月のこの時点で、既に体調不良を訴えているということである。そして、それよりも重要なのは、支援者の発言である。ウィシュマさんの訴えに、支援者は次のように答えている。


”S1氏は「胃に髪の毛は入っていないと思うが、お腹の不調については、病院に行って検査をしないと原因が分からないので、早く病院に連れて行ってもらえるよう担当にアピールをした方がいい。長崎にある入管にいたナイジェリア人男性は,入管が何も処置をしなかったため栄養失調で死んだ。入管は体調不良者について何もしない。病院に行って体調不良を訴えないと仮放免されない。仮放免されたいのであれば、病院が嫌いでも病院に行った方がいい。」旨述べた。A氏は「仮放免されたいので、絶対病院に行く。」と答えた”。


 これは、食欲のないことに対して、病院に連れていってもらうように主張すべきだということである。仮放免というキーワードが使われているが、外部病院への受診への説得ための発話の中である。支援者が述べたのは、病院に行くことは仮放免につながる、ということであった。体調が悪いことを把握させ、体調を改善しながら仮放免に向かう、ということである。病気の「アピール」の必要性を説くことも不自然ではない。受診を申し出ても入管がすぐに対応しないことは、入管の処遇の慣行からも明らかである。

 詐病やハンストや体調の悪化を示唆したとする議論が存在するが、ウィシュマさんは既に体調が悪かった。健康な人に対して病気をアピールするように述べているのであれば、なんらかの示唆があったとも言えるかもしれない。けれども、ウィシュマさんの場合はそうではない。既に引用したように、体調悪化を訴えていた。支援者がウィシュマさんの体調悪化を唆したという解釈をとることはできない。

 (2023年2月12日加筆:ウィシュマさんにもっと健康を悪化させようという示唆があったと考えることは想像可能である。しかし、ウィシュマさんがただちに病院に行ってしまうと体調悪化も改善してしまうではないだろうか。体調を悪化させることには時間がかかり、徐々にそうした状態に仕向けなければならない。体調が十分に悪化するまで、病院に行くことは避けなければならないはずである。そうした微妙なやりとりが、警備官の立ち合いや検閲をくぐり抜けて行われたとするのは、無理がある。

 ではウィシュマさんが支援者の知らぬところで、自ら体調を悪化させようと試みていたという解釈も考えられるかもしれない。しかし、これも困難だと思う。病院に行けば、その行為自体が発覚してしまって、水の泡になってしまう。ウィシュマさんは病院に行くようにと述べる支援者に、病院へ行くとただちに答えている。ウィシュマさんは、病院へ行く要求を現実におこなっている。そのような要求があることを考えれば、この解釈もかなり難しい。たとえあったとしても、わずかな期間にとどまるものだっただろう(のちに見るが、そうだとしても入管の対応は誤りである))。

 さて、ウィシュマさんが体調を悪化させていく一方で、警備官は、ウィシュマさんの体調不良を素直に理解しようとはしなかった。

 そのことは、ウィシュマさんを病院につれていった職員の言動にも表れている。入管の勤務医は、ウィシュマさんを外部の精神科に行くように指示した。ウィシュマさんを病院に連れていった職員の認識に注目したい。

”「戊医師に対して、A氏の体調不良の経緯として、最初は帰国希望だったが、支援者らと面会して話をする中で在留希望に変わったことや、その頃から体調が悪くなったことを伝えた。また、面会簿から把握した情報として、支援者のS1氏が、A氏に対して『仮放免を受けたければ体調不良をアピールした方が良い。』とアドバイスしているとの認識があったため、その旨を戊医師にも話したと思う。他方、A氏の体調不良はA氏の様子から明らかで、詐病という認識はなく、戊医師にも『詐病の可能性がある。』などとは言っていない」”。


 これはどういうことだろうか。言い訳のように読めてしまうが、とにかく詐病とは考えていないとのことである。しかし、職員は、ウィシュマさんが不当な存在であることを強調している。支援者とのかかわり、体調不良のアピールなどについて述べている。つまり、不当なアピールだという不信が、医師の誤認をもたらした。

 報告チームは、詐病という認識について、医師にも確認をしている。”戊医師は、「問診の際、名古屋局職員から、『A氏は支援者から病気になれば仮釈放してもらえる旨言われたことがあり、その頃から心身の不調を訴えている。』旨の説明を受け,一つの可能性として、詐病の可能性を考えた。」「名古屋局職員が『詐病』や『詐病の可能性』という言葉を用いたり、詐病の疑いがある旨の発言をしたことはなかった。」旨を述べている”。 

 最終的に、3月4日の精神科の医師は「診療録」および入管の嘱託医師への「診療情報提供書」を作成した。そこには次のように書かれている。”支援者から「病気になれば、仮釈放してもらえる」と言われた頃から、心身の不調を生じており、詐病の可能性もある。…確定はできないが、病気になることで仮釈放してもらいたい、という動機から、詐病・身体化障害(いわゆるヒステリー)を生じた、ということも考えうる。……”

 このプロセスにみられるように、支援者の言葉は歪曲されている。体調を改善しながら仮放免を得ようという支援者の言葉は、詐病の示唆として理解されてしまった。入管は、病気にならなければ仮放免されない、と支援者に示唆されていると理解した。つまり、入管は体調を悪くしなければ仮放免されないと支援者が唆している、と理解したのである。

 ここで最終報告の結論をみておこう。医療に関連して、次のように述べられている。


”……看守勤務者の多くは,A氏による体調不良の訴えについて,仮放免許可に向けたアピールとして実際よりも誇張して主張しているのではないかと疑っていた……A氏の体調不良の訴えが仮放免に向けた誇張やアピールとの疑いがあったとしても,真に医療的対応が必要な状況を見落とすことのないようにするとともに,そのような状況があれば,速やかに局幹部や医療従事者に相談するよう,看守勤務者等職員に意識させておく必要があった。しかし,名古屋局では,それが十分に行われていなかった。……”


 妥当なものだと思う。医療・検査はたしかに行われていたようである。しかし、治療と呼べるものかどうかは疑問である。2月22日の診療がほぼ最後で、その後彼女が医師の診察を受けたのは、3月4日の精神科医のみである。そして、ウィシュマさんが明らかに死に近づいているときでさえ、職員は救急車を呼ばなかったのである。


結論

 

 一貫して、入管は、ウィシュマさんとその支持者の声を真正面から受け入れることはなかった。ウィシュマさんは、DVの被害者として保護される必要があった。しかし、少なくとも、職員らのあいだにそのような認識が欠けていた。入管職員、おそらく局長も、そして本省も、そうした知識をもっていなかったのかもしれない。(望月氏が局長レベルでは一応の研修があったと述べていたのをどこかで聞いたことがある。彼らが真摯に取り組んでいたならば、部下への指導も徹底的になされただろう。しかし、現実はそれとはまったくの反対であった)

 入管はウィシュマさんを一貫して収容し、その管理下においた。入管の審査部門も、警備部門も同様にミスを犯している。審査部門は、仮放免手続きを迅速にはおこなわず、健康という観点でウィシュマさんを疑った。そして法務省が認識しているように、処遇部門は健康に責任を負う。処遇規則にも、医療の件は書かれている。ルールを無視したことは、調査がなされている通りである。もちろん、最終的な責任が局長にあることは言うまでもない。

 結論。入管はルールを逸脱し、違法な扱いをウィシュマさんに対しておこなった。地方入管局は、入管庁のコントロールも、そして議会のコントロールも及ばなかったのである。偶発的な出来事ではない。医療の問題に限定することができない、構造的な問題がそこにはある。


資料

Start https://start-support.amebaownd.com/posts/18122214

0 件のコメント:

コメントを投稿

ウィシュマ・サンダマリの死(3)――必要な改革を考える

 これまでウィシュマ・サンダマリさんの死について、入管で起きていたこと、そして2022年の国会審議を批判的に吟味してきた。「 ウィシュマ・サンダマリの死(1)――何が起こっていたか 」「 ウィシュマ・サンダマリの死(2)――2022年の国会審議を振り返る 」   指摘したポイント...